ハーブが魔除けに…『スカボロー・フェアー』

アメリカのフォーク・デュオ 『サイモン&ガーファンクル Simon & Garfunkel』が歌った『スカボロー・フェアー』

スカボロー(スカーバラ)は北イングランドのヨークシャー州東部の海辺にあり、中世期交易都市として栄えた街です。そのスカボローで13~18世紀の約500年間にも渡り開催された交易市が『スカボロー・フェア』。

FairとMarket

「フェア」は「市」や「市場」を表しますが、その語源はラテン語で休みを意味する「feria」

ローマ時代は、労働の休息日を表していました。それが諸聖人の記念日の典礼などキリスト教の祝祭日:フェアに商人が集まり、露天を開くようになると、いつしかそれ自体をフェア と呼ぶようになっていったのです。

そして16世頃までには乳製品や 農作物など日常生活に必要な物品を扱い、毎週決まった曜日に開催されるものが「Market」、家畜や織物、 工芸品など高価なものを扱う年に一度開かれる市が 「Fair」 と区別されるように。

Scarborough Fairは、毎年8月に開催され、周辺諸国からもワインや絹、宝飾品、スパイスなどを携えた商人たち が集う大規模なものだったのだとか

ハーブを極めたイギリス人

メロディーが懐かしい『スカボロー・フェア』の歌詞の中に「パセリ、セージ、ローズマリー and タイム」とハーブの名前を見つけました。

ラベンダー、ローズマリー、パセリ、セージ、タイム、フェンネルなどのハーブは地中海沿岸地域が原産で、古代エジプトや古代ギリシャの頃から人々の暮らしとともにあり、古代ローマでは栽培されて調理に使われるだけでなく、病気の予防や治療にも積極的に利用されていた記録が多く残っています。

これらのハーブがイギリスにもたらされたのは古代ローマ軍がブリテン島に侵入した紀元前55年以降

自生する植物が少なく、種類も乏しいブリテン島に暮らす人々にとってローマ軍が持ち込んだハーブ達は新鮮で興味深い植物だったに違いありません。

ローマが去った後 イギリス人達はハーブの健康効果、癒しや鎮静効果、防虫効果に注目し、利用して、盛んに栽培するようになっていきました。中世には修道院主導のもとハーブガーデンも多く作られるようになって、研究も進み、薬草学が発達…「ハーブの知識はイギリスから世界に広がった」ともいわれるほどになったのです。

積極的にも予防的にも健康に貢献してくれる香草たちは、精神的にも頼りになる身近な存在として生活に深く根ざし、ハーブ伝来から1000年余の時を経てイギリス人のハーブLOVEは今なお健在、ますます…の勢いです。

歌詞の中にみる「ハーブは魔除け」

『スカボローフェア』はスカボローの市がタイトルになっていますが、原曲はスコットランドの古いバラッド『エルフィン・ナイト Elfin:妖精 Knight:騎士』です。

中世のスコットランドで「妖精」は亡くなった人の霊であり、この世に思いを残したままさ迷い、人間に話しかけて死の世界に引きずり込んだり、悪さをする悪霊にもなりうる存在

エルフィン・ナイトは中世の戦で亡くなった騎士の霊の歌でした。

それが口伝され、吟遊詩人たちが街から街へ歌い伝えていくうちに詩やメロディは少しずつ変化しながら700年余り…この歌に出会ったポール・サイモンがメロディラインを洗練させ、詠唱のアレンジを加えて1966年に発表したアルバム『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』の中に『スカボロー・フェア』として収めて発表 さらに翌年映画『卒業』の挿入歌に起用されると大ヒットして、このイギリスの民謡は世界の人の知るところとなったのです。

この歌の中でもエルフィン・ナイトは魂を取るために旅人に語りかけ、スカボロに残した恋人を偲んでその旅人に無理難題な伝言を頼もうとしています。

Are you going to Scarborough Fair?         スカボローの市へ行くのですか?

Parsley, sage, rosemary and thyme.  パセリ、セージ、ローズマリーそしてタイム

Remember me to one who lives there.   そこに住むある人によろしく言ってください

For once she was a true love of mine.    彼女はかつての私の恋人だったから。

亡くなった騎士の霊が旅人に語り掛けた言葉が歌詞といわれ、合いの手のようにパセリやセージなどハーブの名前が挿入されるフレーズは「霊に取りつかれないため旅人が薬草の名前をおまじないとして唱えた」、「悪霊はきついにおいを嫌うとされていので、ハーブの名前を唱えて悪霊を退散させようとした」など解釈はさまざまですが、日本でいう「クワバラ、クワバラ」とか、「南無妙法蓮華経(ナムミョウホウレンゲキョウ)」のような 災難から身を守ろうとする時口をついて出るおまじないとして唱えられているようです。

ハーブ達が「結界的なバリア」を張るためのおまじないの言葉として使われていたことを知って、中世以来スコットランドやイングランドの人々が暮らしの中でハーブに抱いていた気持ちや願いに、想いが馳せられた気がします。

何百年と伝承されてきたバラッドが20世紀に時代と共鳴し、21世紀の今日も人の胸に響く…不思議な曲『スカボロー・フェア』お馴染みの方も 知らない方も、もう一度聴いてみませんか? 映画『卒業』のテーマ曲『サウンド・オブ・サイレンス』も一緒にどうぞ… ♪ ♫

18~19世紀になると、商取引のスタイルの変化に伴い、フェアは衰退するものの、欠かせない大事な要素であった屋台や見世物、ゲームや遊具を楽しむお祭り Funfair「移動遊園地」は、規模や形を変えながらその名を今に残しています。パディントンがペルーにいる育ての親ルーシーおばさんへのプレゼントにと目論んでいた仕掛け絵本を巡って騒動が起こるのは、家族みんなで出かけた移動遊園地でした。スクリーンに映る人々の表情の輝いていること! そこに並ぶジンジャーブレッドは、中世の時代からどの地方のフェアでも 欠かせない存在。フェアは伝統の味を伝える大切な場でもあったのです。