Darjeeling ダージリン…霧の中で生まれる紅茶

シッキムからのぞむヒマラヤ山脈の高峰カンチェンジェンガ ↑

チベット語で「雷の地」を意味する「ドルジェ・リン」に由来する『ダージリン』は、1835年イギリスが仏教国シッキムから割譲させて以来、在印イギリス人の避暑地として賑わい、また西ベンガル州政府の夏の州都とされ「ヒマラヤのイギリス」と言われた歴史を持ちます。人口6万人の街の大半はネパール系そしてシッキム・チベット・ベンガル人なども入り混じり、道行く人の顔立ちも肌の色もさまざまです。

紅茶とは縁もゆかりもなかったダージリンに、イギリス人が茶の木を植樹したことから、その歴史と景色は大きく変わっていくことになります。

イギリスがインド侵攻を進める中1834年インド総督ウィリアム・ベンティック卿はインドでお茶の木を栽培する計画を打ち出し、茶業委員会を設立します。

委員会のメンバーは中国産の茶樹こそ本来の美味しい良質な紅茶になると考え、中国茶樹に固執します。特使を派遣し、中国紅茶発祥の地 武夷山を中心に何十万本もの茶の苗木と種を持ち帰らせてインド各地で植樹を試みましたが、努力のかいなく中国種の苗はどこに植えても根付かず、ほとんど枯れてしまいました。唯一の例外はダージリン地方で、1841年A・カンベル博士によって標高2100mの地に植えられた中国苗が根付き、順調に栽培されるようになったのです。

のちに博士はダージリンの気候についてこう伝えています。

「ダージリンは山岳地帯でテライ平原から急に隆起し、南までの境界線を形作っている。12月のはじめ頃霜が降り冬が訪れる。12月と1月は地面が凍るほど冷え切った状態が続く。空に雲はなく空気はすがすがしい。朝方は大変に寒く、日中は太陽の日差しが強くてとてもよい気候となる。まれに1~2月に雪が降ることもあるが少量だ。

3月にはヒマラヤから春が訪れ、荒れ狂う強風が吹き付ける。

4月から5月にかけて激しい雨が降り夏が始まる。

6月から8月まで雨季は続き、この時期は霧がとても多く、しかも深い。しかし時折強い直射日光が出て茶葉をさっと乾かす。6月の平均雨量は24インチ、7月は32インチ、8月は26インチになり、降雨量は山岳の異なった地区でかなり差異がある。

9月にはまだ雨が残るが、10月には完全な乾季となる。

ダージリンの天候はあまり当てにならず、1年を通じ、霧と雲が一体となって覆い、ヒマラヤの風と多用がこれを気まぐれに差し替えている。」

この独特の気候が中国の主に武夷山から運ばれた茶の木の生育環境に合っていたのでしょう。現在標高300mから2100mのエリアに90近いの茶園が点在し、茶摘みは4月初旬から11月まで3回から4回行われ、シーズンごとの特性が際立つ地域として注目される世界的な高級紅茶の産地となっています。

ダージリンを旅して…

カンベル博士の表す複雑で変化の激しい気候の地ダージリンそしてヒマラヤ山脈にそびえる世界大3の高峰カンチェンジェン展望の映像をご覧ください。1杯のダージリンティーがより味わい深くなるかも?しれません。

バグドグラからダージリンを目指してバスに揺られること3時間…絶え間なく縦横に激しく揺れながら急勾配を登ります。

「トイ・トレイン」の愛称で呼ばれるダージリン・ヒマラヤ鉄道はイギリス統治時代の1880年 紅茶の輸送と避暑客のために造られました。一車両十数人しか乗車できないおもちゃのようなこの列車は、ダージリン駅(Darjeeling)~ニュー・ジャルパイグリ・ジャンクション(New Jalpaiguri Junction)間 高低差2000m、88Kmの距離を7~8時間かけてゆっくりと走ります。

山肌一面に茶畑が広がります。

ダージリン『MAY FAIR』ホテルはイギリス統治時代 避暑地として賑わった頃を彷彿とさせる可愛らしさと華やかさを併せ持ち、ダージリンの中のイギリスです。

(左)朝の登校風景…ダージリンは学校も多く、東ヒマラヤ地区の教育の中心地になっていて、ネパール・シッキム・ブータンからも留学生が集まります。通学バスを待っている女の子たちの綺麗に編まれた三つ編みの白いリボンが印象的

(右)標高2100mの茶畑は傾斜がきつく、濃い朝霧の谷底に吸い込まれそう。しっとりと清々しい空気が漂います。

10月の茶摘み風景…所々に立つ木立:シェイドツリーは、強い日差しを適度に遮り、茶葉を保護するために植えられています。

10月花や実をつけた木も見られます。道脇のススキのような葉は「レモングラス」で、その香りが害虫よけになると、いたるところに植えられていました。ダージリンの茶園の多くがオーガニック栽培を目指していて、こうした取り組みが盛んです。

テイステイングルームにて オータムナルのダージリンティーが並びます

さあ いよいよ製茶工場へ…ダージリンでは摘み取った葉をそのまま形を残して製茶する『オーソドックス製法』が主流で、その製造過程は、①萎凋→②揉捻→③酸化発酵→④乾燥へと進みます。

① 萎凋:摘み取った葉をしおらせるため、金網をはった台の上に茶葉を広げて置き、その下を温風を通して15~20時間放置します。こうすることで、水分が半分ほどになり、葉はしんなり…

② 揉捻:茶葉をローリングマシンにかけ、山形のエッヂが切られた下面と上から抑える円柱タンクが両手のひらで葉を揉むような動きをして、挟まれた茶葉を揉み上げます。

揉まれた葉は室温25℃、湿度湿度80~90%の環境下に置かれると次第に発酵が進み、紅茶特有の香りや味、渋みや色を身につけていきます。

(左)最後に乾燥させて水分を除くと茶葉の発酵を完全に止めることができます。90~100℃の熱風のもと約20分…茶葉の水分含有量が3~4%になると保存性が高まり品質も安定します。

(右)フルイにかけて茶葉をサイズ分けします。

インドの各紅茶産地ではアッサム種の茶樹が植樹されているのに対し、ダージリンの茶樹は、中国から運ばれた中国種で、日中と夜間の温度差が大きく、霧が発生する気候から茶葉は独特の香気を発し、その味は快い刺激的な渋みをもち、水色は淡いオレンジ色で透明度が高い紅茶となります。この強いキャラクターが評価され、世界三大紅茶の一つとされています。

『ファーストフラッシュ』:春摘み 3月の中旬~4月

冬の寒さが厳しいため、茶樹は晩秋から冬の間成長を止めて養分を蓄え、寒さから身を守ります。そして春がくると、新芽が一斉に芽吹き、平均気温が20℃程に上がるまで、時間をかけてゆっくり成長しながらテアニンなどの甘み成分を凝縮させます。その新芽だけを摘み取って作られる紅茶は、特別みずみずしく繊細な風味をもち、タンニンが少ないのでさわやかな渋みと甘みが引き立つ新茶になります。

『セカンドフラッシュ』:夏摘み 5月下旬~6月下旬

この季節は茶樹の成長に適した気候に恵まれ、味・香りともに充実した茶葉が育ちます。昼夜の寒暖の差が大きく、急勾配の地形から霧が多く発生し、その霧を通して夏の強い日差しがたっぷり差し込むため、茶葉は「マスカテルフレーバー」と称されるマスカットようなふくよかで優雅な香りと、スッキリした渋みと成熟したこくのある味わいを備え、その品格から「紅茶のシャンパン」と称されることも。濃いオレンジ色の水色が特徴です。

ダージリンでは4月から5月にかけて激しい雨が降り、6月になると雨がやんで夏が始まります。この時期現地では「green fly」と呼ばれる小さな緑色のウンカが大量に発生して茶葉にとりつき 柔らかい茶葉の汁を吸いにかかります。汁を吸われた茶葉は、茶色に変色して痛々しげな姿になってしまうのですが、この被害に対抗し、傷を癒すため茶葉の内部で新たに作り出される物質がマスカテルフレーバーを作り出すのに一役かうというのですから、紅茶ファンにとっては「災い転じて福となす」現象です。

『オータムナル』:秋摘み 10月下旬~11月下旬 

冷涼で乾いた秋の気候によって、渋みと甘み成分が茶葉に凝縮されることから、深いコクとほっこりとした甘みが生まれます。赤みを帯びたオレンジ色の水色が特徴で、ヨーロッパではミルクティー用に人気があります。 

ヒマラヤの日の出

朝4時起きして車で30分ほどの展望台タイガーヒルへ すでに日の出とカンチェンジェンガの勇姿を見ようとたくさんの人が待ち構えていましたが、なんとか混雑に潜り込み…ご来光を見ることができました。

もっこり帽子の2人はターバンを巻く前のシク教徒の青年で、生まれてから切ったことのない髪を頭上でくるくるとお団子状にしているため、帽子の中でもっこり!しているのだそう…。朝日をあびて雲間に見えるカンチェンジェンが輝いています。↓