500年前の 1519年8月
マゼランは戦艦5隻と280人の乗組員を率いて
スペインのセビリアを出港します ⛵️⛵️⛵️⛵️⛵️
南アメリカの南端:後に『マゼラン海峡』と名付け
られた海峡を抜けて太平洋に出るまで1年と2ヶ月!
難破と離反で、この時すでに2隻の船を失ったおりま
した ⛵️ ⛵️ ⛵️ 💦
さらに4ヶ月 太平洋を進んでようやくグアム諸島 その後フィリピンのセブ島に上陸
ここで少々長居をし、島民のキリスト教への改宗に熱心に取り組んだマゼランは、
島民の抗争に巻き込まれて…命を落としてしまいます。
残された船員たちは命からがら船を出すのですが、セブ島での抗争で人員がさらに
減っていたため、1隻を破棄し、残る2隻で航海を進め ることに… ⛵️ ⛵️ 🌊
太平洋上を 迷走すること半年
ついに目指すスパイスの宝庫:香辛諸島:モルッカ諸島に到着いたしました〜 🎉
モルッカ諸島では王に歓迎され、目的のクローブも大量に持ち帰ることを許された
のです! ここまで出港から2年!
2隻とも船底い〜っぱいにクローブを
積み込んで、いざスペインへ!
でしたが、うち1隻は なんと 積荷が
重過ぎて浸水💦💦💦
残る1隻「ビクトリア号」に60人の
船員が乗り込んでの出発となりました
人も減り、船も減ってはいましたが、香辛諸島にたどり着き、『クローブ』満載!
目的達成でありますょ。 しか〜し気を許すわけにはいきません!
航行する海域の港町はすでにポルトガルの勢力下になっていましたから、寄港するの
は危険です。
よって、一行は ひたすら ひたすら 航海を続け、1522年9月6日スペインに帰国
食料調達もできない航海ですから、餓死、栄養失調多発・・・それはそうでしょう…
船員は16人になっていたそうです。
持ち帰った『クローブ』は現地価格の2000倍とも2500倍ともいわれる価格で
取引され、スペイン王は大喜び
壮絶な 壮絶な旅の末 スパイスの産地も確認でき、「地球は丸い」ことも証明された
のでした。
バスコダ・ガマ や マゼラン 歴史の授業で学びましたね。
彼らの旅を『スパイス』をキーワードに追いかけてみると、また違ったシーンが想い
浮かび… 興味が湧いて、ワクワクが止まらない私です🤗