Speculoos スペキュロス 

スパイスが効いてサクッとした食感 浮き出たレリーフ模様が楽しいクッキー『Speculoosスペキュロス』は、ネーデルランド(現代のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク3カ国にあたる地域)で14世紀から作り継がれる『Speculaasスペキュラス』から分化して、現ベルギー地域で愛されてきた伝統菓子です。

今では1年を通して食されますが、12月6日のサン・ニコラの日の祝い菓子として作り継がれた歴史を持ちます。サン・ニコラは4世紀 小アジアの古代国家リキュアのミュラ(現トルコのデムレ)の大司教で、弱きものを救うための数々の善行と、いくつもの奇跡を起こしたとされ、550年 にギリシャ・カトリック教会によって聖人に列せられました。

サン・ニコラの祝日はサン・ニコラを偲び、讃える日 そしてサン・ニコラは子供の守護聖人でもあることから、子供の祝祭日とされてきました。そのお祝いのために用意されるスペキュロスは、サン・ニコラやそれにまつわるデザインを彫り込んだ木型に生地を押し入れ、それを抜いて、焼き上げられるため、繊細なレリーフが浮き上がる、美しく格調高い祝い菓子です。この日が近づくと、ベルギー中の製菓店はそれぞれ自慢の配合レシピと木型で、大きなスペキュロスを焼いて、祝祭の準備に余念がありません。

一方 薄くコンパクトサイズで焼かれるスペキュロスは、ベルギーで1年中見ることができる最もポピュラーなスパイスクッキーで、工場生産品も多く出回り、アメリカヨーロッパそして日本にも輸出されて、人気のある国際派として流通しているものもあります。

ネーデルランドの歴史

もともとベルギーとオランダを含む地域は、ネーデルランドと呼ばれ、そこでは14世紀からスペキュスが焼かれていました。200年ほど前、現在のベルギー地域で、使用するスパイスをシナモンと少々のクローブに限ったレシピが生まれると、次第にベルギー全域に広まり、それは、『スピキュス』と呼ばれるようになったのですが、その背景には両国の歩んだ歴史が関係しています。

中世の早い時期から繊維産業が発達し、ヨーロッパで最も裕福な地域として繁栄を続けていたネーデルランドでは、16世紀初頭ドイツで始まった宗教改革がこの地にも浸透すると、商人層を中心に新教徒が増えていくのですが、16世紀半ばスペイン=ハプスブル家が支配者になると、新王フェリペ2世は重税を課すと共に カトリック信仰を強制し、新教徒に厳しい弾圧を実施して、支配を強めようとしました。

これに対し、ネーデルランドは1568年スペイン相手に独立戦争を開始 新教徒の多い北部地域7州は1581年に『ネーデルラント連邦共和国』(オランダ)として独立を宣言し、1648年に承認されて、プロテスタントの国として独立を果たします。

それに対し、スペイン領として残った南部のカトリック地域10州が『ベルギー王国』として独立したのは1830年。 1867年にはネーデルラントの一部であった『ルクセンブルク公国』が成立し、ネーデルランドはベネルクス3国となって今に至ります。

独立戦争を戦いながら、オランダは1602年オランダ東インド会社を設立 インドから東南アジアにかけての一帯に進出を始め、ポルトガル人によって独占されていたセイロン (スリランカ) とインドネシア諸島を征服し、占領しました。

これにより、オランダはセイロン島のシナモンや、東インド諸島(現在のインドネシア)のマルク諸島特産のクローブ、メース、ナツメグなどのスパイス独占権を取得 巨万の富を築き、17 世紀後半から 18 世紀にかけて、「黄金時代」をむかえます。

スパイスは本国に運ばれ、比較的安価で流通し、スペキュラスにも使われました。

それに対して、独立が遅れた南部10州(現ベルギー地域)ではスパイスが非常に高価でした。

 そこで、19 世紀初頭 ヴェルヴィエ地方で高価なスパイスの使用を控えたビスケットのレシピが開発され、人気を得ていったのが「スペキュロス」です。「loos ロス」=少ないのは、スパイスというわけで、伝統的に使用されるのは、シナモンが基本 

こうして200年前 スペキュロスが考案されると、ネーデルランド時代から作られていたスパイス風味の強いスペキュラスは次第に影を潜め、サン・ニコラの日に焼かれる祝い菓子がスペキュロスに統一されていくと、スパイスを控えているぶん、使用する砂糖で風味に特徴を出そうとする傾向が生まれていきました。

ベルギーでスペキュロスに使われる砂糖は、地元で栽培される『サトウダイコン』を原料としてつくられる『ヴェルジョワーズ』か、『サトウキビ』を原料につくられるフランス産の『カソナード』

『ヴェルジョワーズ Vergeoise』はサトウダイコンから砂糖の結晶を取った後に、残った糖液を再度結晶化させてつくられる、粒が細かく、しっとりした粗糖です。精糖1回目の残りの糖液からできる薄茶色の『ブロンド blonde』と、再度煮詰めたものから採る濃い茶褐色の『ブリュン brune』があり、『ブリュン』はマイルドな甘さとサトウダイコン特有のコクと濃い味わいが、焼き菓子の味を引き締め、風味に厚みをもたせてくれます。

『カソナード』はインド洋に浮かぶフランス領レユニオン島で栽培されるサトウキビから作られるブラウンシュガーで、熟したサトウキビの茎を圧搾してジュースを搾り、それを蒸発させ、結晶化させた粗糖。精製されておらず、さらさらとして、ハチミツやバニラのような独特の香りと、味わい深い甘さが特徴。 カソナードを焼き菓子に混ぜ込むと、粒が粗いため、焼き上がりにザクザクした食感を与えます。

こうした砂糖の特徴を活かして材料の配合をすることで、甘みや香り、食感にも個性を出すことができるため、そこにこだわったレシピが考案されてきました。

ベルギー Dandyを訪問して…

2024年7月 ブリュッセル郊外のMaison Dandoyメゾン ダンドワのアトリエ訪問が実現しました。

メゾン ダンドワは、1829年 パン職人だった初代 Mr.Jean-Baptisteジャン・バティスト氏が、ブリュッセル マルシェ・オー・ハーブ通りに店を構えて以来

195年  一族によって守られているベルギー最古のパティスリーであり、シュぺキュロスメーカーです。

出迎えてくれたのは、7代目Mr.Antoine Helsonアントワーヌ ヘルソン氏

エントランスの壁に掲げられ、訪問者を迎えてくれる写真について尋ねると、それは彼の祖父母に当たるMr.Jean Rombouts-Dandoyジャン・ロンブ=ダンドワとその妻Ms.Christianeクリスティアーヌ そして子供達とのことで、父の膝に腕を乗せている娘のChristine-chanクリスティーヌはのちにバーナード・ヘルソンBernard Helson と結婚し、その息子たちが 7 代目であるAlexandre アレクサンドルとAntoine Helson アントワーヌ ヘルソンさんであるとのことでした。

サニタリー・クローズを纏って、工場内へ…『speculoos』はお店のロゴマークに採用される代表作 個人での訪問を快く受け入れてくださったことに感謝しつつ、工場へ…

清潔で明るく見渡しの良いフロアは広い工房といった印象 ここで材料と手作りにこだわったお菓子たちが作られているのです。そしてAntoine氏が抱えているのはサン・ニコラが彫り込まれたスペキュロス用の木型 80cmはあるでしょうか。

オーク材に深く繊細な彫りで描かれた威厳のあるサンニコラの足元には、肉屋の樽の中に塩漬けにされていた子供達をサン・ニコラが救い出した逸話にまつわるモチーフが描かれています。 このエピソードからサンニコラは子供の守護聖人とされ、その命日を祝う12月6日は子供の日として祝われてきた経緯を象徴する図案です。

この木型を使って、サンニコラのスペキュロス作りを見せてくださったのは製菓部門チーフのGuillaume ギヨームさん 左から順を追って作業をごらんください。

*材料は、カソナード(フランス産のブラウンシュガー)・バター・塩・水・小麦粉・スパイス(シナモンとクローブ)です。

マシンにカソナード・バター・塩を入れて、撹拌します。

クリーム状になったら、薄力粉とスパイス(シナモンたっぷりと、香りを引き締め、風味を増すクローブ)も加えます。

攪拌を続け、様子を見ながら水を加えるのですが、その分量は長年の経験から加減を決めるのだそう…

程よいペーストになったらマシンから取り出し、円柱状にまとめて、いよいよ木型に生地を押し入れていきます。

バターの染み込んだ木型には打ち粉の必要はないそうで、直接木型に生地を置き、腕も肘も使って圧を加え、さらに手のひらの甲を使って繊細な彫りの溝にまで生地を押し込んだら、

曲木にワイヤーを渡した専用のカッターを使って余分な生地を削ぎ切り、くるくる巻き取ります… 

垂直に立てて、トン それから傾けると、生地は素直に頭からゆっくり木型を離れて落ちてくるではありませんか! 

バターが残っていっそう輝きをました木型と、見事にレリーフが浮き出たサンニコラ生地 そして一仕事終えたギヨームさんの笑顔 感動と感謝で胸がいっぱいになるひと時でした。

渾身の力を込めた熟練の手仕業によって一体一体産みだされる美しく格調高いサン・ニコラのスペキュロスは、聖人の偉業を讃え、子供の健やかな成長を願う 日本でのお札やお守りにも通じる祝い菓子であると感じました。

「お菓子に留められた形状や由来によって、かの地の人々が大切にしてきた気持ちや文化の一端に触れることができる」トキメキの源も再認識したのでした。

伝統と挑戦と

ベルギー最古のスペキュロスメーカであり、推しも押されぬ老舗としても信用と実績を持つメゾン ダンドワ 7代目アントワーヌ氏の言葉の中に、材料へのこだわり、継承するレシピへのこだわり、そして極力手作りすることへのこだわりと、7代守ってきた事業の誇りと、自覚がありました。さらにダンドワは、2024年から使用する小麦粉の全てを「環境再生型農業」を実践する農場から調達することで、地球環境保護のために積極的に関わる姿勢をも表明(同社HP内に記載あり)これを記念してアーモンド/キャラメルとイチジク/クルミの 2 つの異なるフレーバーのクランチバーの販売を始めています。若い兄弟リーダーの今後の挑戦にも期待して注目したい思いです。

ベルギーといえば… スペキュロスに加え、ワッフルもはずせません。小便小僧くんにもほど近いシャルル・ブルス通りに面したMaison Dandoy店舗の2階でワッフルをいただきました。遊び心を感じる空間に、ずらりと壁に掲げられたスペキュロスの木型が楽しく馴染んで居心地の良い雰囲気 甘さ控えめでサクサクとしたべルギーワッフルに、チョコレートとバニラアイスがベストマッチでした。同店ではリェ−ジュワッフルも提供されていますので、そちらは次回のお楽しみに (^ ^)♪

ベルギー最古の焼き菓子店Maison Dandy メゾン・ダンドワさんで、海外輸出について、うがかうと、「我が社の製品は、ベルギーにいらした時に食べていただく…をコンセプトにしています。」ときっぱり。なるほどこだわりの材料を使い、手作りをモットーに作られるお菓子たちは、現地まで足を運び、その空気感の中で味わうにふさわしい逸品ばかり 贅沢でリッチ材料を使いながら、バランスよく調和が取れて、どれもこれも美味しいこと

ワッフルと並んで人気なのが『スペキュロス』シナモンやクローブが絶妙に配合された定番の『スペキュロス』に加え、スパイスは加えずバニラビーンズのみ使用した『スペキュロス バニラ』、生地にスライスアーモンドをトッピングして焼き上げた『アーモンドブレッド』が揃います。

スペキュロスというと、馴染みがないけれど、ロータスLotusは知ってるわ!という日本人の方多いですね。工場生産された薄焼きのスペキュロス 数社のものが輸入販売されています。軽量で安価そして日持ちがする…なによりコーヒーに合う!4拍子揃った伝統菓子のスペキュロスは今や国際派 案外身近にあるのです。

以下日本国内に輸入されている「スペキュロス」です。全てベルギー産で、左から Lotus ロータス、Belgiun・Tresure ベルジャン トレジャー、Poppies ポピース、Vermeiren ベルメーレン

ちなみにLotus のカラメルビスケットのスパイスはシナモンのみで、バターではなく植物油が使われていますね。それぞれ食べ比べてみるのもお楽しみ。