Speculaas スペキュラス

スパイスが効いてサクッとした食感 浮き出たレリーフ模様が楽しいクッキー『Speculaasスペキュラス』は、ネーデルランド(現代のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク3カ国にあたる地域)で14世紀から作り継がれる伝統菓子です。

スペキュロスと同様スパイスをふんだんに用いた伝統菓子にドイツのレープクーヘンがあります。レープクーヘンは、修道士が薬として用いるスパイスを飲みやすくするため、自家製のハチミツを合わせたのが始まりでした。

「麦の粉に蜂蜜とスパイスを混ぜて生地を作り、『Pheforceltum ペファーツェルテン』を焼いた…」とする1296年の手稿本がドイツ南部のバイエルン州 ウルムのテーゲルンゼー修道院に残されており、このペファーツェルテン(のちにレープツェルテン、レープクーフェンとも呼ばれるようになる。)が修道院繋がりで、ヨーロッパ各地に伝わります。

13世紀のフランドルではローマ人が好んだ『プラセンタ』が由来とされる蜂蜜と麦粉を練り合わせて作る『レーベンス・クーヘン』「命のお菓子」が食べられていました。ペファーツェルテンの影響があったかもしれません そこにスパイスが加えられ、14世紀にはフランドルを含むネーデルランド地域で麦の粉に蜂蜜とスパイスを混ぜて生地を作るお菓子が『Speculaasスペキュラス』と呼ばれて作られるようになっています。

スペキュロスもレープクーヘンも、最大の特徴は、その凝った意匠デザインにありました。精緻な彫刻を施した木製の型に生地を入れ、押して、レリーフの凹凸を浮き出させてから焼きあげ、大きいものは1m以上もありますから、その迫力は満点です。

モチーフも聖人やキリスト教義にちなんだものから、農耕や畜産に関する豊穣を想起させるもの、中世の聖職者や紳士淑女のいでたち…など、ギルドの専門職人によって焼かれるそれは、浮き出たレリーフの美しい芸術作品のような姿を誇りました。

しかし、型から取り出すのに熟練の技が必要で、大量生産するには時間も要し、木型自体を彫る職人の数も減っています。さらには乾燥や磨耗などによる木型の劣化も進み、伝統のスペキュロスは今や希少な存在となってしまいました。

近年の傾向は、材料に卵やバターが加えられ、食感や風味がリッチにグレードアップ! 小さなピースで薄く焼き上げるスタイルが好まれるようになると、家庭でも気軽に作られる身近なお菓子に変化して、『元祖型抜きクッキー』的な存在に。 ご当地の風物:風車を模ったものは「風車クッキー Windmill Cookies」と呼ばれ、海外でも人気を集めています。

オランダでは『Speculaas』「スぺキュラス」「スペキュラース」「シュペクラース」

ベルギーや北フランスでは『Speculoos』「スぺキュロス」

ドイツ語圏では「Spekulatius』シュペキュラティウス」「シュペクラテウス」「スペクラチウス」と呼ばれることが多く、各地域の歴史と文化を背景に、それぞれ特色のある姿で伝わります。

由来 

歴史あるお菓子ですから名前の由来もさまざま残っています。

*3~4世紀に生き、数々の奇跡を起こして貧しい人々を救ったとされる大司教サン・ニコラ(聖ニコラウス)に敬意を表してラテン語の司教や聖職者を表す『Speculator』から… 

*オランダ語でスパイスを意味する『Specerij』「スペサライ」に由来する。

*材料であるスパイスや蜂蜜が希少で高価だった中世、スパイスクッキーの製造は主に修道院で行われていました。当時 修道僧は日常ラテン語を使っており、 クッキー生地を木型に押してから外すと、そこに現れるレリーフは型のデザインを鏡で見たようになるため、その型抜きした面をラテン語の『Speculum』「鏡」に由来する「Speculum」と呼んだから…

サン ニコラの日の祝い菓子

今では1年中食されるスペキュロスですが、長く『サン・ニコラの日』のための祝い菓子として、12月6日の祝日を中心に食べられてきた伝統があります。

サン・ニコラは3~4世紀頃トルコ南部ミュラ(現イズミル)の司教になりました。いくつもの奇跡を起こしたといわれ、6世紀に聖人に列せられた後、命日にあたる12月6日が『サン・ニコラの祝日』になりました。『サン』は聖人を表し、フランス語圏で『サン・ニコラ』、英語圏で『セント・ニコラウス』と呼ばれ、オランダ語圏では『シンタクラース』です。

子供の守護聖人に

『ある飢饉の年、落穂拾いに出かけた3人の子供が肉屋に一夜の宿を求めました。肉屋の夫婦は子供たちを招き入れると、泊めるどころか、ソーセージ用にと、子供達をミンチの塩漬けにして樽の中に放り込んでしまいます。

それから7年後、聖ニコラウスが通りかかり、肉屋に食べ物を求めるにあたり、「7年前あなたが塩漬けにした子ども達の肉が欲しい。」とリクエストしたのです。驚き恐れた肉屋はその罪を詫びて神に許しを乞いましたが、…聖ニクラウスが店の奥にあった塩漬けの樽に指を3本のせると、中から3人の子供たちが、まるで今まで眠っていたかのように大あくびをしながら1人目は「あ~ よく眠った」。2人目は「僕もだ」。3人目は「天国にいるようだった」と言いながら出てきました。』

 

 

16世紀の「アンヌ・ド・ブルターニュの大いなる時祷書」に描かれた「肉屋から3人の子どもを救う聖ニコラウス」→

このエピソードは、12世紀の文献に記載が残っており、修道士が劇にして上演すると人気を博し、広く知られるようになっていきました。以来聖ニクラウスは『子供の守護聖人』としても崇められるようになったのです。

サン・ニコラの日はベネルクス3国、ドイツ、オーストリアの一部、スイス、イタリア、フランスの東北部を中心に子供の日としても祝われてきました。

地域ごとに祝い方はさまざまですが、共通するのがサン・ニコラの日とされる12月6日の前夜、サン・ニコラが子供達に贈り物を届けにくる風習。

ベネルクス三国や北フランスでは、12月5日の夜 サン・ニコラは子供達が1年間良い子にしていたか、ヤンチャだったかを記した赤い表紙の本を携え、お供にフェーター(ピーター)を伴って、ロバに乗って、眠っている子供たちのもとにやってきます。そして、良い子にはプレゼントをおいていってくれる… 悪い子はフェーターのもつ袋に入れられてスペインに連れて行かれてしまう…

期待と不安の入り混じる子供たちはベッドに入る前 靴の中にロバのためにニンジンや藁を、サン・ニコラのためにビールやコーヒーを、ペールフェーターのためにジャガイモを、そして翌年のお菓子を作るためのお砂糖をお皿にのせて置いておくのを忘れません。

翌朝 目覚めた子供はお菓子やおもちゃ、本など嬉しいプレゼントを見つけて大喜び!そして、安堵するのです…

12月25日のクリスマスの習慣が定着する前から子供達が楽しみにしていたキリスト教の行事です。

オランダから船に乗ってやって来るシンタクラース

中世以来 子供達にとって、シンタクラースはキリスト教の講話や修道士たちによる寸劇からイメージを膨らませる想像上の存在でしたが、19世紀の半ば オランダでは、シンタクラースが、従者『ズワルトピート Zwarte Piet』を伴って、スペインから蒸気船に乗ってやってきて、子供たちの前に現れるようになりました。

一行が上陸し、サン・ニコラが白馬に乗ってパレードが始まると、沿道で待ち構える子供たちめがけてお供のピートがキャンディーや小さな焼き菓子を四方に振り撒いて、子供のための祝祭ムードをめいっぱい盛り上げます。さらに家庭を訪問すると、ピートがジンジャーブレッドナッツを壁や天井に派手に投げつけるので、こどもたちは大騒ぎ 

19世紀の半ばに描かれた絵画からは、すでに…というより、今より大胆なシンタクラースの上陸パレードの様子がうかがえます。

現代はStrooigoed(ストーイホッド)と総称されるキャンディーやクッキー、チョコレートやグミ、マジパン人形などの入った小袋が手渡されることが多いのですが、オランダ語で「Strooig」は、「振りかける」…現代は衛生面も考慮して、「振りかける」「撒き散らす」小さなお菓子たちは袋に入れられて、手渡されることが多くなっています。

クラウドノーテン Kruidnoten

シンタクラース祭で、小さなお菓子が「Strooig」されるようになると、『スペキュロス』生地を一口サイズに成形するクッキー『クラウドノーテン Kruidnoten』が登場しました。カリカリとした食感のクッキーで、シナモン、メース、白胡椒、カルダモン、クローブ、ナツメグなどスパイスの風味が特徴 専門店もありシンタクラースのお祭の季節には大盛況です。                                                 チョコレートやヨーグルトでコーティングされているものなど新たなバージョンも生まれて楽しまれています。

ターイターイTaai-Taai

シンタクラースやお付きのズワルトピート、ハートや動物などの彫りの施された木型で抜かれ、アニスの風味が特徴の美しい伝統菓子です。アムステルダムのトップ・パティシエ:シース・ホルトカンプ氏によると、「シンタクロース祭の祝い菓子で、昔はケーキやクッキーを製造する製菓店と、パンやパイを製造するパン屋ははっきりと区別がされていたが、ターイターイは「典型的なケーキ屋のレシピ」だった」のだそう。

オランダ語Taai英語のTough「硬い」という意味を表しますが、硬いといても堅焼きのお煎餅のような硬さではなく、たっぷり使われる蜂蜜からの、しっとり噛み応えのある食感

スペキュロスと並んでオランダのシンタクラース祭に欠かせない型抜きのスパイスビスケットです。

ぺーパーノーテン  pepernoten

オランダのシンタークラースの祝い菓子として伝わるクッキーで、材料に甘い香りが特徴のアニスパウダーと蜂蜜がたっぷり使われるため、アニスの香りとソフトな噛みごたえのある食感が特徴 ターイターイ作りで残った生地を使って作られることもある一口クッキーです。従来はサイコロ型に成形されていましたが、最近はクラウドノーテンと同様の丸い形に作られるものも多く見られ、“クラウドノーテンは円形に”、“ペーパーノーテンはサイコロ型に” 成形されてきた慣例が有耶無耶になりつつある。そんな現状を懸念し、歴史やレシピの情報を発信する製菓の専門家や歴史家も多くなっています。

『ペーパーノーテン』と『クラウドノーテン』よく似た名前と、どちらのクッキーも聖ニコラスデーの前後の数週間に作られるお祝い菓子なのですから、なんとも紛らわしい。

双方に共通する「ノーテン」はオランダ語で「ナッツ」を表す言葉で、「ペーパー」は「胡椒」を、「クラウド」は「ハーブ」を表しますので、ペーパーノーテンは『胡椒ナッツ』 クラウドノーテンは『ハーブナッツ』と、それぞれ香りの良いナッツのイメージが当てられています。

古代ゲルマン人の豊作祈願

これら小さなお菓子Strooigoedを撒き散らす行為は、農夫が種を蒔く姿すなわち、豊作祈願を示唆しており、それは古代ゲルマン人の豊穣の儀式を起源とすると考えられ、遠い先祖が行っていた儀式がキリスト教の聖人のお祭りに入り込んで、今日まで継承されている現れ