リツィタル Licitar & マデンジャヒ Madenjaci & パプレニャク Paprenjak
リツィタルは、私がジンジャークッキーに夢中になるきっかけになったお菓子の1つです。
お土産にいただいたそれは、赤く艶やかなボディーにカラフルで立体的な装飾が施され、お菓子というより、可愛らしい装飾品か美しいインテリア用品と見紛う姿に、遠い異国を感じて想いを馳せたのでした…
クロアチアへは日本からの直行便の運行がないため、フランクフルトやチューリッヒまたはパリでトランジットして向かうのが一般的
2024年5月 私はエミレーツ航空を利用してドバイ経由で首都ザグレブを訪れました。
そこでは中世に伝来したンジャーブレッドレシピが受け継がれ、独自の進化を遂げて、『Licitarリツィタル』『マデンジャヒMadenjak』『パプレニャクPaprenjak』と、個性的な3種類に分化して、スーパーでも、土産物店でも、老舗ホテルでも視線の先に飛び込んでくるほどの存在感で店頭に並べられて、私を迎えてくれました。
左から『リツィタル』『マデンジャヒ』『パプレニャク』です。いずれもザグレブで購入して持ち帰った市販品です。 文末で手作りレシピとホームメイドの『マデンジャヒ』と『パプレニャク』をご紹介していますので、そちらもごらんくださいね。
ジンジャークッキーがクリスマスシーズン限定のお菓子になっている地域もあるなかで、クロアチアでは年間を通して暮らしの中で親しまれ、大切にされていることを実感して、ますます前のめりに… 現地レポート しばしお付き合いくださいませ! まず1つ目は…
Licitarリツィタル
ハート・赤ちゃん・鳥・キノコ・蹄鉄・馬・花輪…とさまざまな型の赤く艶やかなボディーに立体的なカラフルデコレーションが施され、アイシングでメッセージを添えることも多い陽気なハッピースィーツの代表のようなリツィタル
真ん中に小さな鏡のついたものは、愛の告白の必須アイテムとして長い歴史を待ちますが、近年はさまざまな思いや願いを込めて、プレゼントにも盛んに使われているそうで、ボディーの色も緑や黄色、白…と多彩になっています。
その材料は小麦粉・蜂蜜・重曹・卵 といたってシンプル!鮮やかな色の表面コーティングは蜜ろうやゼラチンを食用色素で色付けしたものが使われ、ラインやドット・花などの模様は卵白と砂糖からなるアイシングで描かれます。全て食用の材料から作られますから、伝統レシピにのっとって作られたリツィタルは、もちろん食べることもできるのですが、50年ほど前からもっぱら飾りやプレゼントとして使われるようになっているとのことです。
その歴史は…
13世紀末ドイツ南部の修道院で「麦の粉に蜂蜜とスパイスを混ぜて生地を作り、『Pheforceltumペファーツェルテン』が考案されると、それは修道院つながりで各地に広まっていきました。(ラテン語でPhefor は胡椒を含む香辛料一般を、celtum は平たいケーキを表す言葉です)
当初円盤のような形に成形されて焼かれていたものが、16 世紀から17 世紀半ばには緻密で繊細なモチーフの彫りが施された木型に生地を押し当てて凹凸のレリーフを浮き出させて焼かれるようになり、それはイーストアルプス地域、中央ヨーロッパ地域に広がり、クロアチアの内陸部:パノニア地方にも伝わっていきます。
古来クロアチアは養蜂が盛んで、中世には蜂蜜はもとより、蜜蝋を使って造られるキャンドルやワックスなどが交易品として盛んに輸出されており、キャンドル職人の名が記載された14世紀の書付が当時を偲ばせています。
そんな背景はお菓子作りにも好都合で、ドイツやオーストリアでの「Lebkuchenレープクーヘン」または「レーブツェルター」と呼ばれるようになっていたスパイスケーキが伝わると、クロアチアでは「Licitarリツィタル」「リタール」と呼ばれて修道院主導で作り始められました。
そして18 世紀から19 世紀には、ザグレブ、カルロヴァツ、コプリヴニツァ、サモボル、ヴァラジュディンなど北部の町で職人たちによる「リツィタル」作りが盛んになり、その製品は教会の催事で開かれる市や地域のお祭りで販売されて人気を集めます。さらにザグレブから50Kmほど北『Marija bistrica churchマリア・ビストリツァ教会』のあるの街ビストリツァでは巡礼菓子として職人たちが腕を振るったのです。
中でもハートモチーフのリツィタルは愛の告白アイテムとして人気を集め、それはビストリツァ教会を訪れる巡礼者にも好評で、『リツィタルハート』と呼ばれ、リツィタルの象徴的なモチーフとなっていきます。
↓中世の面影を残すザグレブの街 1880年に発生したザグレブの地震で損傷を受けた2本の尖塔は保護材に守られた姿でそびえています。
職人たちはリツィタルのみならず、蜂蜜を使ってケーキ・蜂蜜酒「メドヴィナ」や「gvirc グヴィルチ」などの飲み物を造り、さらに蜜蝋を使ってキャンドル、蜜蝋細工の奉納品やワックス製品も手掛けていました。彼らは医薬に関わる仕事という意味合いを持つ「Medicariメディチャリ」と呼ばれ、名誉と尊敬を得て、製品のレシピは厳重に門外不出とされ、家ごとに代々受け継がれていきました。
木型レリーフからシュガーデコレーションへ
中世以来レープクーヘンやリツィタルは、モチーフを彫り込んだ木製の型に生地を押し当て、凹凸のレリーフ模様を付けて焼かれていましたが、その生地に使われるのは麦粉とスパイスと蜂蜜のみ… レリーフは美しく浮き出ますが、その食感はいかんせん堅い!ものでした。
1800年代に入って、鹿角塩(炭酸水素アンモニウム)ついで重曹(炭酸水素ナトリウム)などの膨張剤が発見され、生地に加えられるようになると、ふっくら柔らかく焼きあがった生地は人々に驚きと喜びをもって受け入れられ、支持されていきます。生産性を重視する風潮も手伝って、1800年代半ば レープクーヘンの作り方は、従来の材料である麦粉と蜂蜜とスパイスに、 膨張剤を加えてこねた生地をのばして広げ、金属の抜き型で型抜きし、それを焼いてから砂糖衣をかけたり、アイシングでデザインを描いて仕上げるスタイルへと変わっていきました。
(左)厚い木板にレリーフを彫り込んだ木型 … 中世以来このような木型に生地を押し当ててから抜いて、焼き上げていました。繊細な彫りが追求され、美しいレリーフが人気を集めていた時代が長く続きました。
(右)抜き型 … 17世紀半ば 生地に膨張剤を加えるようになると、ふっくら膨らむソフトな食感の生地は人気を集めますが、繊細なレリーフは浮かび上がりません。天板に大きく焼いて、金型で抜いて仕上げるようになっていきました。
さらに1800年代後半にはスイス人のルドルフ リンツにより、滑らかで口溶けの良いチョコレートが作り出されます。
これを受け、型抜きしてから焼き上げたレープクーヘンをチュコレートコーティングしてみると、スパイシーな風味の生地とチョコレートが好相性!そこにカラフルなシュガーペイントを施した新たなコラボレーションは人気を集め、一気にヨーロッパ中に広まり、定着していきました。 …そのスタイルは今に健在 各地のクリスマスマーケットでは主役級の人気です。
←チョコレートコーティングされた『レープクーヘン』 ドイツ ミュンヘンにて撮影
一方 芸術品の域にも達する彫りが施され、中世以来使い込まれた木型の数々はその使命を終え、各地の美術館の収納展示品として棚を飾り、静かに余生を過すこととなったのですが、長年の使用により刻まれた艶が美しいその姿は存在感たっぷり!威風堂々圧巻です。
独自路線を歩み、赤いボディーに進化したリツィタル
クロアチアのリツィタルは他地域とは一線を画し、独自路線を歩みました。
チョコレートのかわりに、蜜ろうやゼラチンに赤色の食用色素を加えて作る釉薬でケーキをコーティング!その上にカラフルなアイシングを使って立体的な装飾を施したものが考案されると、それはビストリツァの教会にやって来る巡礼者たちをはじめとして、首都ザグレブの街でも評判をよび、次第にクロアチア リツィタルの象徴的な存在になっていきます…
1900年代前半に撮影されたリツィタル売りの屋台です。モノクロなのが残念ですが、すでにこの頃のリツィタルは鮮やかな赤いボディーにカラフル模様が施され、真ん中には鏡も見えますね。地域特産の蜂蜜や蜜蝋から造られる蝋燭やドリンク製品も並ぶ屋台は甘くスパイシーな香りが漂い、絵のように美しく、特別な雰囲気をもたらして人気を集めたと伝わります。
by https://www.licitar.hr/en/about-licitars
そしてこちらは2024年5月にマリア・ビストリツァ教会で撮影した写真たち 参道に延々と並ぶ屋台も100年前に負けず劣らずとっても華やかでしたょ〜 マデンジャヒやキャンドル さらにはぬいぐるみやボール… も見えますが、圧倒的に多いのは『リツィタルハート』! そして マデンジャヒがたっぷり入った袋が山積みになって、その人気ぶりが伺えますね。
現代 リツィタルはクリスマスツリーを飾り、カップルの名前を入れて結婚式の引き出物に使われ、バレンタインデーや洗礼のお祝いプレゼントとしても喜ばれ、復活祭にはエッグやウサギのモチーフも登場して、年間を通しておめでたい、記念の、嬉しいシーンに欠かせないものになっています。
赤いハートの真ん中に小さな鏡を貼り付けたリツィタルハートは「私の心にはいつもあなたが映っています」のメッセージを込めて、気持ち「LOVE」を伝えたい時に…
男性は愛の告白をしつつ、ハートの真ん中に鏡が貼られた『リツィタルハート』を渡すと、女性の後ろに周り、鏡に自分を写して、「あなたの心の中にはいつでも私がいます…❤️」
1950年代 工芸品への関心が薄れた時期がありましたが、その後見直され、リツィタルは400年以上におよぶ歴史が評価され、2010年ユネスコ世界文化遺産に登録されました。
全て手作業!5週間かけて仕上げます!
ザグレブ市街から車で30分ほどの Sambor サモボールに工房を構える 『Medicarna ARKO』さんは、クロアチア国内で20軒しかない国家公認のリシタール店 歴代のお仕事が認められた証である賞状の前でリツィタルに負けない明るくて素敵な笑顔の女将BRIGITAさんに迎えていただき、工房内を見学し、お話しを聞くことができました。
それによりますと、材料としては、生地には小麦粉・水・蜂蜜・砂糖・重曹・卵
ボディーを覆うデコレーションは、ゼラチンに食用色素を加えて着色した染料が用いられ、
作業工程は以下の通りです。
⑴ 生地の材料を合わせ、数日間おいて熟成させます。
⑵ 生地を伸ばし、型を抜いたらオーブンへ…
⑶ 180℃ で6分焼き、冷めるのを待って紐を挟んで貼り合わせ、2週間おいて乾燥させます。
⑷ 染料に漬けて着色コーティングしたら、再び2週間乾燥…
⑸ デコレーションを施し、鏡を貼って、さらに1週間乾燥させて出来上がり!
以下のアドレスから『Medicarna ARKO』さんが Face bookにアップされている制作過程をご覧いただけます。
https://www.facebook.com/lovesamobor/videos/934104190088437/
今でも昔ながらに店舗を持たず、催事や公園でワゴン販売をするのだそう… 明るくキュートなワゴンからは甘く香ばしい香りが漂って、まさに✨ハッピーパワースポット✨ですね。
マデンジャヒ Madenjaci
このマデンジャヒは袋詰めされて街のいたるところで買い求めることができるおやつ菓子の主役的存在 伝統の蜂蜜酒GVIRCとリツィタルと並ぶ袋詰めされた円盤型のお菓子がマデンジャヒです。
巡礼地でも、移動販売のワゴンにもたっぷり用意されて需要の多さが伺えますね。
南ドイツで生まれた麦粉とスパイスと蜂蜜を合わせた生地を焼いて作られるケーキ:『レープクーヘン』は400年前にはクロアチアに伝わって、『リツィタル』と呼ばれて作られるようになっています。
その頃は他地域同様彫りを施した木型に生地を押し当てて凹凸レリーフを浮かび上がらせて焼かれていたものが、150年ほど前 膨張剤を 使うことによってふっくら柔らかく焼き上げられるようになったのが、この『マデンジャヒ』 その後材料に卵やラード、くるみの粉末などリッチで風味豊かになる材料が加えられて今に至っています。
生地を平らにのばし、型で抜いてクリスマスやバレンタイン仕様にと、ホームメイドレシピとしても親しまれるマデンジャヒです。
レシピ
《材料》 40個分
小麦粉 500g
重曹 大1
砂糖 200g
卵黄 2個分
全卵 1個
水 75ml(大5)
蜂蜜 60ml(大4)
溶かしバター 大1 (または豚脂:ラード)
シナモン 小1
クローブ 少々
ナツメグ 少々
《作り方》
⑴バター(またはラード)、蜂蜜、砂糖、水を蒸気で溶かします。軽く冷めてから溶き卵を加えます
⑵重曹を加え、滑らかになるまで混ぜ合わせ、小麦粉とスパイスを徐々に加えます。
⑶生地をラップで覆い、冷蔵庫内に置いて1時間休ませましょう。
⑷生地を小さめのクルミほどの大きさのボールに成形し、手のひらで押してボールを少し押しつぶします。
⑸鉄板にクッキングシートを敷き、ボールを並べて180度のオーブンで 8~10分ほど…焼き色を見ながら調整してください。
パプレニャク Paprenjak
クロアチア語の胡椒「papar」を名に冠したPaprenjakパプレニャクはその名の通り、胡椒をはじめとしたスパイスが効いた日本人にはどこか懐かしく、新鮮でもあるクッキーです。
モチーフが浮き出た姿は、中世以来の流れを伝える存在なのですが、1800年代半ば リツィタルが硬く焼き締まってモチーフが浮き出た姿から、ふっくら生地を型抜きし、赤い染料でコーティングされ、アイシングでデコレーションされるタイプと、ふっくら生地をそのまま焼いたマデンジャヒに分化すると、一時レリーフスタイルは忘れ去られてしまいます。
作家アウグスト・シェノアが1871 年に出版した小説「Goldsmith's gold」の中で
And thus it came to pass that she was called the Paprenjak lady: over the length and breadth of the city there was not a woman, noble or common, who could bake paprenjaks in the way that Magda knew. Day in and day out there was a run on her paprenjaks, and the city judge Ivan Blažeković himself was known to leave a pretty penny in her purse every so often.
「そして、こうして彼女はパプレンジャクの貴婦人と呼ばれるようになった。マグダの知っている方法でパプレンジャクを焼くことができる女性は、街の隅々まで貴族でも庶民でも一人もいなかったのだ。」来る日も来る日も彼女のパプレニャクの取り調べがあり、市判事のイワン・ブラジェコヴィッチ自身も彼女の財布の中に時々かなりのペニーを残していくことで知られていた。
マグダは魔術師の名で、魔女しか知らないレシピと方法でパプレンジャクを焼くことができる女性がパプレンジャクの貴婦人と呼ばれるようになった…と著していることから近年パプニャクが再認識されて、リバイバルされた経緯をもつのだそう。
最も独特の特徴は、胡椒をたっぷり使うこと。くるみの粉末を加えることやラードを使うのも地中海やアドリヤ海地域の特徴です。 薄めに焼きあげるものあり、厚めでポソッと食感のレシピあり…で、再びクロアチアの伝統菓子に返り咲いたパプレニャク 普段は市販のマデンジャヒを
食べている家族も、クリスマスが近づくと、子供達もお手伝いして伝統モチーフが彫り込まれた木型を使って、パプレニャクを焼くのだそう。日本でも揃う材料で作れますから、あなたもクロアチアのスパイスクッキーに挑戦してみてみませんか?
レシピ
《材料》
*小麦粉 400g
*砂糖 150g
*くるみ 130g
*塩 ひとつまみ
*オレンジの皮 1個分
*シナモン 小1/2
*クローブ 小1/2
*ナツメグ 小1/2
*挽いた黒コショウ 小1/2
ラード(豚脂) 120g
卵 1個
卵黄 2個
蜂蜜 90g
《作り方》
⑴小麦粉と砂糖を合わせてふるいにかけ、ボウルに入れます。
⑵*の材料(挽いたクルミ、ナツメグ、シナモンパウダー、クローブ、挽きたてのコショウ、塩、すりおろしたオレンジの皮)を加え、よく混ぜます。
⑶ラードを加え、ポロポロとした粒状になるまで指を使ってよく混ぜます。
⑷全卵1個、卵黄2個、蜂蜜を加え、よく混ぜます。
⑸生地を作業台に移し、さらに手でこねてボール状に成形し、ラップで包んで冷蔵内において1~2時間休ませます。
⑹生地を半分に分け、それぞれに小麦粉をまぶし、打ち粉をした台の上で約5~7mmの厚さに伸ばします。
⑺伸ばした生地とレリーフ型それぞれに小麦粉をふり、レリーフ形を生地に押しあてて型抜きします。
⑻生地に浮き出たレリーフの模様にそって切り分け(ピザカッターを使うと作業がしやすい)、1枚1枚ベーキングシートを敷いた天板の上に置き、200℃に加熱したオーブンで25分間焼きます。
*くるみは粗めの粉末を目指します。フードプロセッサーを使うか、小さめにカットしてからすり鉢に入れてすりすりしてしてください。
頼もしい女性像が出迎えてくれる市民の台所『ドラツ広場』には、パラソルのもとた〜くさんの屋台が並んで… Medは蜂蜜です。蜂さんが蜜を集めたお花の種類によてよりどりみどり!
ガイドさんのお導きにより、この広場に隣接するお土産屋さんで、手彫りの木型を見つけることができました^^! 素朴で愛らしくて…両面に彫りがあるので6種類のパプレニャクを焼くことができルのもうれしいところ。簡素な包の中にレシピも添えられていましたょ~。